2012年の秋。
年末が少しずつ迫って来ていた。
鬱のような精神状態は一向に改善されない。
食欲も相変わらずない。
体重がどんどん落ちていく。

毎年、年末年始は妻の実家を訪れる。
年末までには離脱症状を治したかった。
妻の両親に知られる前に。
こんな状態になってしまった事は知られたくなかった。

年末までには治したいという思いが作用したのか、新たな離脱症状が私を襲い始めた。

猛烈な焦燥感。

とにかくじっとしていられない。
横になっていられない。
貧乏揺すりで気を紛らせるが効果は余りない。
口を開け天井を眺めながら両膝を叩く。
とにかくつらい。
家の中を歩き回る。
焦燥感は消えない。
思わず口から声が出る。

〜助けて下さい〜

けれども焦燥感は消えない。

そんな状態が朝から夕方まで続いた。
夕方のピークを乗り越えると夜にはかなりマシになるのが救いだった。

年末年始に妻の実家を訪れるのは無理。
妻の両親に知られるのは必至。

もう20年近く前の事を思い出した。

〜娘さんを絶対に幸せにします〜


妻のお父さんに誓った事を。

〜今、私はあなたの娘さんを幸せにできていません〜

焦燥感が増してくる。
大変な事になってしまった。
更に焦燥感が増してくる。

そんな私を少しでも落ち着かせようと妻が言う。

「もし症状が改善されなかったら年末年始はウチでじっとしていよう。別に実家に帰る必要ないから。その時は両親にバレないように上手く言うから安心して。」

その言葉で焦燥感が軽減する事はなかったけれど少しの安堵感をおぼえた。

この焦燥感は年末年始に向けて加速した。そして途方に暮れた私達は過去のブログに書いた通り抗鬱薬の服用を決意する。
つまりそれほどまでに焦燥感は酷かった。
今でも母が言う。
「焦燥感に苦しんでいるお前を見るのが一番つらかった」

それほどまでに苦しかった焦燥感が軽減した。
それは2013年の1月。
初めてパキシルを処方してもらった日。
初めてパキシルの錠剤を目の前にした夜。
やはりパキシルを飲まないと決めた瞬間の事だった。