さよならデパス(断薬成功)

抗不安薬デパス依存18年からの断薬成功記録。

2014年10月

断薬してから ~2014年夏そして現在~

2014年8月上旬 妻と二人で北海道。
昨年、復調のきっかけとなった北海道。
今年も避暑と更なる復調を期待しての北海道。

関西の今夏は比較的涼しかったがやはり北海道の涼しさは心地よかった。
そして離脱症状の改善は更に進んだ。

肩の痛みは殆ど無くなり、可動域も広がった。
視力も40代後半としては許せるレベルまで回復したと思う。

だからレンタカーを現地で予約して札幌から支笏湖までドライブ。

本当に夢のようだ。
全てが夢のようだ。
嫌なことも嬉しいことも。

この2年間、信じられないことばがり我が身に降りかかった。
自分自身に対しては自業自得だと言い聞かせてきた。
けれど家族は違う。
私の軽率な服用と断薬で迷惑をかけてしまった。

妻も母もこの2年間の心労で老けたと思う。
本当に申し訳ない。
妻も母もこの2年間の必死で私を支えてくれた。
本当に有り難う。
久しぶりの北海道ドライブの最中、そんな思いがこみ上げてきた。

本当に良かった。


2014年10月25日 現在。

今日は妻が出かけている間、ひとりで散歩。
・・・のつもりが、あまりにも天気も良くて気持ちが良かったものだから親父が眠る墓までハイキング。
勾配の厳しい坂道を歩くこと1時間30分。
山の中腹にある墓地は紅葉が進んでとても綺麗。

親父の墓前に手を合わせて感謝。

~おやじ、遠くから見守ってくれて有り難うな~

家路に向かう下りの坂道。
眼下には夕日に照らされた我が街。
純粋に綺麗だと思った。

離脱で苦しんでいたときは他人の幸せを恨んだ。
自身の人生を後悔した。
目に入るもの全てが暗かった。

今は違う。
目に入るもの全てが鮮やかだ。

私のベンゾジアゼピンとの戦いは終わった。

だから今、減断薬で苦しんでいる方々に伝えたい。

大丈夫、こんな私でも乗り越えたのだから諦めないで欲しい。
絶対に離脱症状は無くなると信じて欲しい。
約20年もの間、ベンゾジアゼピンを服用してきた私が断薬に成功したこと。
そのことこそが証だから。

断薬してから ~2014年梅雨~

2014年6月~7月

梅雨の季節の到来。
湿気が大嫌いな私にとっては本当に憂鬱な季節。

少し離脱症状に改善の兆しが見え始めた。

まずは視力の改善。
ボーッと霞んだような視界が徐々にクリアになってきていた。
同時に視野も広がった。
これは本当に嬉しかった。
控えていた車の運転も可能だという思いが私のテンションを上げた。

そして肩の痛みの改善。
睡眠もままならない程の右肩の痛みが軽減されてきた。
そもそも離脱症状なのか単なる五十肩かどうか分からないけれど本当に苦しんできた症状。
まだまだ可動域は狭いけれど痛みがないだけでも充分だった。

時間はかかるが離脱症状は少しずつ無くなっていく。
ネットで書かれていた通りだった。
半信半疑だったけれど本当だった。

~本当に良くなっている~

今年の梅雨は私にとっては嬉しい季節となった。

断薬してから ~2014年春~

2014年4月。
例年よりも肌寒い日が続いていたけれど・・・春は来た。

着実に年を重ねていく自分と家族。
あれからもうすぐ2年だ。

ネットで調べると私よりも経過が思わしくない人々もいる。
完全に復調された人々もいる。

果たして自身は順調なのかどうか分からない。
長期間のベンゾジアゼピン服用者の断薬成功ブログが殆どない事が不安材料だった。

ゴールデンウィークが近づいてきた。
元気な頃は毎年、妻と二人で国内、海外、各地へ出かけた。
とにかく自由な旅が好きだった。


体調は決して良くないけれど無理すれば国内旅行なら行ける。
せっかく断薬したのだから妻と私自身へのご褒美としてどこかに行こう。

2014年5月初め。
妻と二人で鹿児島旅行。
昨年の夏以来の旅行。

キャリーバッグを引きずる肩の痛みは辛かったけれど、
視力の低下で景色は霞んで見えづらかったけれど、
久しぶりの旅はやはり嬉しかった。

そういえばこの旅の頃から食欲が全快、そして全開。
大好きなビールを全面解禁したのもこの頃。
おかげで鹿児島の夜は楽しいひとときとなった。

「本当においしそうにビールを飲んでるね。前とおんなじ。大丈夫、もっと良くなるよ。」

うれしそうな妻。

私のポケットには未だ「万が一の為のメイラックスとデパス」が各1錠だけあった。
旅先で猛烈な離脱症状が出たらまずいから・・。

でも・・・。

~もうメイラックスもデパスも万が一でも不要だな~

断薬してから ~2014年冬から春~

断薬後、誰しもが不安を抱くであろう離脱症状の悪化。
特にメイラックスのような半減期が非常に長い薬の場合は少しやっかいだ。
メイラックスの断薬後かなり日数が経過してから離脱症状が悪化したなどというブログの記載もあった。

結果として私の場合は「離脱症状の大幅な悪化」という事態には陥らなかった。
かといって断薬後にすぐ離脱症状が改善されたという訳でもなかった。
視力の低下や筋肉の強ばり、肩の痛みは相変わらず酷い状態であったし、喉に違和感を感じるようになっていた。

けれども極端な離脱症状の悪化はなかった。
その事が断薬前の「不安感」を払拭してくれていた。

~最悪、このままの状態でも生きてはいける~

そういう思いが私を支えていた。

2014年3月 断薬後2ヶ月を経過。
私の症状には特に大きな変化もなく冬が終わった。

その頃、妻も母も口をそろえて同じ事を私に言ってたっけ。
「酷い離脱症状がないだけでも順調。焦る必要はない」って。

でもすごく焦ってた。

~やっぱり、もうこれ以上は良くならないかも~

そういう思いが私を苦しめていた。

2014年1月ついに断薬。

2013年12月。

11月に0.25mgに減薬してから2ヶ月弱、離脱症状は改善されないまま。
目は見えづらいし、右肩は殆ど動かせないほどにまで固まった。
全身の筋肉、神経が凝り固まっているような感覚だった。

せっかく改善されていた食欲も減退傾向。
体重が再び減少していった。

目標だった年内の断薬は諦めた。
諦めざるを得なかった。

大晦日の夜、妻に愚痴った。
「あかんわ。いつになったら断薬できるんやろか?無理ちゃうかな?」

妻が私を慰める。
「大丈夫。時間はかかってるけど減薬できてる。離脱も去年の今頃よりマシだよ。」

リビングのテレビでは紅白歌合戦。
たしか昨年の今頃はテレビも観られなかったよな・・・。
たしか昨年の今頃は最悪の精神科を受診して路頭に迷っていたよな・・・。
抗うつ薬を飲もうとまでしていたよな・・・。
たしかに妻の言うとおりだ。
去年の今頃よりマシだ。
だけどね。
そうなんだけどね。

年が明けた2014年。

身体的な離脱症状は平行線。
精神面は不安感が少し高まりつつあった。

不安感について自己分析を試みた。
以前のような理由もない異様な不安感とは違った。
明確ではないが漠然とした原因があると感じた。
考える、考える。
探る、探る。

ようやく不安の原因をつきとめた。
「断薬」だ。
そうあれほど心待ちにしていた「断薬」が不安の原因だった。
いや厳密にいうと「断薬による新たな離脱症状」に対する不安であった。

それまでの離脱症状なら何とか耐えられる。
でもほぼ限界。
それ以上の離脱症状には耐えられない。

大きな不安だった。
久しぶりにネットで離脱関連の情報を探す。
しかし私自身のことは私自身が試してみなければ分からない。
つまり「断薬」をしなければ払拭できない不安なのである。

この不安感を克服できれば何かが変わる気がした。

前に進もう。
最後の一歩だ。

2014年1月6日月曜日の朝、最後のメイラックス0.25mgを服用。

2014年1月7日火曜日  断薬開始を妻と母に伝えた。

18年、いや、減薬時期を含めると20年近くも服用し続けたベンゾジアゼピン薬物。
いつも小銭入れに入れて人目を忍んで服用してきたベンゾジアゼピン薬物。
ようやくお別れだ。

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